FC2ブログ

2019-02

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トイジャーナル2000年1月号~2007年10月号までの要約

・戦隊は90年代後半の五年間の平均80億円ほどの売上
・2002年以降の年末年始商戦は昨対割れが続く
・ガンダムは玩具流通ではあまり売れていない
・ガンダムSEEDの対象層は小学生男子
・DSのヒットを持ってしても玩具の昨対はクリアできなかった
・プリキュアのヒットを持ってしても女玩市場は衰退した
・ポケモンと違ってハム太郎は女玩と見なされた
・ハム太郎のヒットにより2001年4月号に「女の子が売り場に戻ってきた」特集が組まれた
・「美容用品が女児玩具の市場を牽引しているため」バンダイとタカラが女児向け化粧品を拡充
・スタジオぴえろが「PIT」(Pierrot In Between)という自動作画システムを開発。
 コストを15%削減できるとしていた
・「使い捨てのバンダイ」が「定番キャラのバンダイ」に変わったのをバンダイ社長が喜んでいた
・アンパンマンは「中性キャラクター」と言われるようになった
・「(女児は)男の子以上に1つのキャラクターに固執し続ける気もします。
 いつかは、女児の世界にも戦隊シリーズのごとくテーマは変わっても
 根っこは変わらない存在を作りたいですね」
 (バンダイ、キャラクタートイ事業部GM、本郷武一。2003年5月号)
・ガンダムSEEDはガンダムシリーズ最高のネット局数

○2003年6月号、8月号、9月号のバンダイ杉浦幸昌会長インタビューより
・1950年代のバンダイは「輸出の余り物」を国内で売っていたので評判が悪かった
・バンダイが業界の上位に入ったキッカケはサンダーバード
・サンダーバードの次のキャラクター(キャプテン・スカーレット)が売れなくて、
 「バンダイは潰れるんじゃないか」と言われていた
・最近は「営業のバンダイ」と言われているが昔は「ヤクザのバンダイ」だった
・同じ時期に「マーケティングのタカラ」と「開発のトミー」という評価だった
・バンダイの子会社ポピーがキャラクターに注力するようになったのは仮面ライダーから
・仮面ライダーはバンダイがスポンサーしていたが商品化権はタカトクにあったので
 タカトクと重複しない商品だけ許可をもらって売った
・1970年代後半にポピーの売上はバンダイの売上を追い抜いた
・バンダイは縁日業界に働きかけてお面などのキャラクターの模倣品を無くした
 この過程でバンダイは縁日業界に影響力を持つようになった
・バンダイの100円カプセル玩具は当時(1977年)の主流の
 カプセル玩具(20円くらい)より高かった
・カプセル玩具は売上を毎月集金するシステムや玩具店以外にも設置されているせいで
 玩具問屋には定着しなかった
・バンプレストは設立当時「10年で上場しよう」という目標があったが12年後に上場した
・当時(1989年)のUFOキャッチャーの景品のぬいぐるみは出来が悪く、すぐ捨てられていた
 だから高品質のぬいぐるみを供給すれば売れる自信があった
・パンプレスト、テレビゲーム事業第一弾は「SDバトル大相撲平成ヒーロー場所」
・スポロボはライセンサーがおおらかだったのでできた。「良い時代でしたね」
・1980年代と比べて1990年代のバンダイは「社員が一流意識を持っていて、
 危機感がなかった」「ずっと上り調子の時にバンダイで働いてきて、
 失敗の経験を持たない人がほとんどだったんですよ」
 「優秀な人材は多いな」という風に変わっていた
・ポケットモンスターの商品化権をトミーに取られたとき「バンダイはどうしたんだ」と言われた
・バンダイビジュアルは山科直治は反対したが山科誠が決断
・バンダイビジュアルは「最初の10年間は損ばかりしていましたね」
 「でも、その中から2割か3割くらいが生きた財産として今残っているんです」
 「山科誠さんの功績としてはサンライズをグループ入りさせたことも大きかった」

・2003年7-8月のガンプラの売上構成比(出荷・数量ベース)
 HGUC 55%、MG 35%、PG 10%
・同時期のガンダムSEEDの売上高は全ガンプラの30%~40%、数量では半分近く
・同時期のガンダムSEEDサイズ別売上構成比(出荷・数量ベース)
 1/144 60%、1/100 30%、1/60 10%
・ハロの購入者の25%が女性
・NHKのゴーヤマンのロイヤルティ収入は1億円。市場規模は25億円。売上のほとんどは沖縄
・ゾロリは売上50億円を見込まれていた(実際は14億円)
・セーラームーンの対象層は3~6歳に対し、プリキュアは7~9歳
 ただしプリキュア5から3~6歳に変更。ちなみにふたご星は4~6歳
・ぴちぴちピッチは売り上げ的には失敗だが視聴率がよかったので二年目になった
・SDガンダムフォースはガンダムSEEDでついた小学生層がターゲット
・アムドライバーは7~9歳がターゲット
・ガンダムSEED DESTINYはSEEDで不調だったトイ関係への梃入れとして
 MIAを重視する方針だった
・SEEDデスティニーのコンセプト
 ①小学生をターゲットにしたシンプルなストーリー設定
 ②アニメファンを取り込むキャラクター設定
 ③ガンダムファンを熱くさせる多彩なメカ設定
・種死は従来のホビー誌、少年誌以外にも情報誌やビジネス誌にも露出していた
・SEEDは従来シリーズへの波及効果があった
・2002年のHGUCシリーズが155%、MGシリーズが140%にアップ
・エウレカセブンは中高生の男女がターゲット
・やっぱり脳トレの後に「ガンプラで脳を活性化!」とか言い出してますね
・マージフォンは50万個販売

○2006年3月号、4月号、5月号バンダイ相談役、山科誠インタビュー
・母(久栄氏)の兄が社長をやっていた会社(中山産業、後の萬代産業)の
 新規事業として玩具の製造販売を始めたのがバンダイ設立のキッカケ
・バンダイは始め問屋業が主だった
・家業を継ぐ気は全くなかった
・中学、高校、大学は慶応義塾
・若い頃、父の仕事が何をやっているのかよく解らなかった
・実感が湧いたのは昭和40年の「レーシングカーセット」から。本社ビルが建った
・今のバンダイを作ったのは「レーシングカーセット」の成功のおかげ
・父の仕事を継ぐのは嫌だったので小学館に入社
・父は大正生まれで戦争などで良家が没落するのを見てきたため
 家族で一つの商売をするのは危険だ、分散する方がいいと感じていた
・だから小学館入社を反対されなかった
・小学館の給料は2万円。当時としては高額でちょっとしたエリート意識
・キャプテンスカーレットの不振が「バンダイ倒産」の「黒い噂」を作った
・いつも強気な父が弱気になった
・そこでバンダイ入社を父に持ちかけられたので入社
(小学館では志望の編集が出来ず営業をやらされて不満があった)
・入社した頃のバンダイは業界7位か8位、業界トップは国際貿易
・バンダイでは志望どおり輸出部に配属
・バンダイの当時の輸出部と内地部は日本の陸軍と海軍なみに体質が違った
・父は在庫を出すな、赤字を出すなと非常に短気(笑)
・自分の考える「長期戦略」と父の考える「短期戦略」がよく衝突した
・昔は米国で日本のおもちゃなんて見向きもされなかった
・パワーレンジャーのヒットまでは「死屍累々」
・バンダイが強くなったのは経営を多角化してから。ただしここでも「死屍累々」
・バンダイの伝統は「朝令朝改」
・社長に就任したのは父が胃がんになったから
・父の病気がなかったら他の優秀な社員がバンダイの社長になっていたのではないか
・キャラクター玩具ではタカトクさんやブルマァクさんの方が先発
・自分が社長に就任した時、バンダイは140億円でポピーは235億円の売上
・上場前のバンダイには「所詮、俺たちは下町のおもちゃメーカーじゃないか」
 という気持ちがあった
・当時のおもちゃ業界には自分達を「ちゃも屋」と卑下する風潮があった
・キャラクタービジネスには波があって当たり前
・波の上を前提にせず波の下を想定してビジネスを組み立てるのが
 キャラクタービジネスの秘訣
・予想外だったのはガンダムのようにブームの時の子供が
 30代や40代になっても買ってくれること
・昔はキャラクターは成長と共に卒業するものだった
・キャラクタービジネスが拡大した理由は大人買い
・バンダイ初の大卒社員有我仁志は最初のニューヨーク駐在員になった
・日本人がアメリカに自社ブランドで売り込みにくるのは
 生意気だみたいな雰囲気が当時はあった
・ヨーロッパで日本のテレビアニメを導入したのはバンダイが最初
・フランスでは日本のフィルムをアテレコでフランス語にしただけで通用した
・アメリカでは駄目だった。その反省がパワーレンジャー
・国や地域の垣根がインターネットで低くなっているので
 「日本で勝っているから安泰」というわけにはいかない
・ガンプラのヒットのおかげで社長でいられた
・バンダイは1993年にアパレル、玩具菓子でトップに立った
・玩具業界は経験が継承されにくい
・上場すると最近は制約が多い。新規事業をするなら非上場でやった方がいい
・母が父のお墓にたまごっちを入れた

・バンダイは「いずれは全ての年齢の女性に向けたビジネス」をしたがっている
・バンダイボーイズトイ営業第四チームは超合金魂やMIAで
 20~40歳までの普段、あまり玩具店にいかない層がターゲット
・第四チームの売り上げの15%ほどがコンビニ流通で
 ネット流通は「10%を越えていて、それでも、20%に達していないかな、というところです」
・バンダイは50、60代向けのキャラクター玩具についてよく議論しているが結論は出ていない
・バンダイボーイズトイ企画第一チームのターゲットは3~6歳で戦隊や仮面ライダーが主力
・第一チームが今まで出していた商品は「売れたものでも子ども達全体の3%か4%にしか
 買ってもらえていなかった」
・「子ども達からニーズが提示されることはありませんから、
こちらからニーズを用意してあげることが企画側の果たす責任かなと思います」
・バンダイボーイズトイ企画第二チームのターゲットは7~12歳で小学生向け
 デジモンやトレジャーガウストが主力
・第二チームは小学校高学年の玩具離れや小学生の趣味の多様化に悩んでいる
・原因は携帯やパソコン
・我々の世代(折原能章氏38歳)ではRPGが人気だったが
 「今の子ども達にとってはRPGは面倒くさい、徐々にレベルアップしていくより
 短時間のゲームの中で1番になりたいという志向も見え始めています」
・バンダイはラブandベリーのヒットに「やられた」と感じている
・バンダイはプリキュアシリーズを戦隊シリーズのような
 10年以上続くキャラクターにしたいと考えている
・最近の子供は親が納得しないと玩具を買わない
・親が納得するキャラクターが重要
・最近の女子小学生は平日の学校帰りや土日はお母さんと共に行動することが多い
・このため女子小学生が玩具離れした
・ガシャポンは中国生産に移行してから彩色済みの商品が出せるようになった
・彩色済みになってから女子や大人に売れるようになった
・2000年代の戦隊は玩具のみ売上だと50~60億円程度
・2006年7月号に「業界の危機と進むべき未来」特集
 2007年4月号に「玩具専門店は生き残れるか」特集
・2007年6月号に「女児玩具再活性化への道」特集
・プリキュア5のストーリーは「母親も一緒に楽しめるもの」らしい
・「女児の早熟化傾向はますます強まり、母親と同じことに興味を持つようになっている」
・「3歳児くらいからファッションの好みが出る。低年齢向けでも
 今流行のファッションのテイストを取り入れていないと母親にも女児にも選ばれない」
・1981年のゴールデンウィーク商戦でガンダムがブレイクしたため
 ルービックキューブが売れなくなった
・この時の余剰在庫を10年かけて処分した
・バンダイにチーフ・ガンダム・オフィサーに続いてチーフ・たまごっち・オフィサーができた
・バンダイは現在(2007年8月)にタイの生産拠点を拡張中
 中国での生産コストが上がってきたため
・ディズニーにとって日本は世界第2位の市場
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://manoftomorrow.blog122.fc2.com/tb.php/12-8abd24b7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

プロフィール

人間の性、悪なり!

Author:人間の性、悪なり!
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。