2017-09

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トイジャーナル1980年代要約Ver.3

男玩
・1979年の年末商戦を制したのはダルタニアス
 既に「視聴率と売上は関係ない」と言われていた
・イデオンはLSIを搭載した初のキャラクター玩具
・宇宙合体(ゴッドシグマ)+分身合体(ゴーディアン)で
 未来合体(ダルタニアス)の130%の売上が見込まれていた
・ゴーディアンはゴッドシグマに売上では負けたが、期待は遥かに上回り品切れが続出した
・トライダーG7は合金玩具としてはガンダムに対して110%の売上だった。
 またダイオージャはトライダーよりも売れたらしい
・ガンダムは高校生以上に売れた初のロボットアニメ
・ガンダムによってプラモの塗料もよく売れるようになった
・ゴールドライタンは150万個、サンバルカンは55万個、ゴライオンは43万個の売上
・ブライガーのヒットによってタカトクは売上が150%に
・ブライガーは5000円を切る低価格のロボットだった
・ゴライオンの9800円は高すぎるとの意見が多かった
・ゴライオンは少子化により売上数量が減る対策として単価UPを狙ったものだった
・ザブングルは夏休みになると二体のザブングルが合体する予定だった
・ザブングルの複雑な変形はプラモでは無理だったが合金玩具ではできていた
・ポストゴライオンはゴッドマーズだった(同じ9800円)
・1981年のバンダイの男児キャラクターのシェアは50%程度
・マクロスの売上は最初の三カ月で30億円
・田宮会長によると当時の模型市場の40%がアニメモデルとされていた
・サンダーバードの流行が10カ月しか持たなかったのにガンダムの流行は3年以上続き
 「もうこれを越えるものはそう簡単には出てこない」(青島社長)と言われていた
・ダンバインは直線的な巨大ロボットに飽きが来ていると判断されたためのデザインだった
・ダーナオーシーやゼラーナもしっかり商品化
・ドルバックのスポンサーはグンゼ
・バイファムはサンライズ初のゴールデンタイム放映のアニメ
・オーガスは受注30億円を達成
・ダイナマンはゴーグルファイブに対して120%、シャリバンはギャバンに対して100%、
 アルベガスはゴッドマーズとダイラガーを足したものに対して60%の売上
 (全て83年11月号での年間見込み)
・1983年は1000円以下の低価格の男児キャラクターが躍進した年で
 マシンロボは昨年対で200%、ミクロマンは250%の売上 (いずれも83年11月号での見込み)
・ナウシカは映画化前に玩具メーカーとのタイアップが決まっていた。
 ラピュタ、トトロ、魔女宅も同様
・オーガスは出荷ではマクロスの70%と予測されていたが
 売上は40%程度に留まり過剰在庫になった
・ミクロマンのガンロボが予想を若干下回った理由は
 「母親にガンに対する拒否反応があったためだろうか」と推測されていた
・グランドバースもやや期待を下回った
・結局、83年年末商戦で一番人気はあまり期待されていなかったキン肉マンだった
・1983年の男児キャラクターは購買層が重なるビデオゲームに押されて不振だった
・ダイナマンは610万個で95億円の売上(2~12月)、マシンロボは1983年分のみで610万個で45億円
・バイオマンあたりから戦隊シリーズは「安定感がある」と評されていた
・トランスフォーマーの米国での売上は半年で1800万個の269億円
・レンズマンのスポンサーはトミー。理由は
 「サンダーバード、ガッチャマン、そしてヤマトというように5~6年ごとに
 SFオペラ、スペースシップーのブームが来ており、今年はそのサイクルに当たる」(上原宗吉専務)から
・バンダイの84年年末の計画ではバイオマンがダイナマン対比で数量100%、金額130%、
シャイダーがシャリバン対比で数量140%、金額150%、レザリオンがアルベガス対比で金額70%、
キン肉マンはパーマン対比で300%
・バンダイの84年9-12月の出荷予定ではバイオロボがダイナインBOX対比で数量105%
 DXレザリオンはデンジンボックス対比で数量85%、バビロスがグランドバース対比で数量130~140%
 レザリオンを100とするとバイオロボが120、バビロスが150になるらしい
・タカトクとクローバーの倒産により1984年の年末年始商戦の男児キャラクターにおける
 バンダイのライバルはタカラとトミーのみになっていた
・1984年年末の男児キャラクターの単品ではシャイダーのバビロスがトップ
 シャイダー全体の売上はシャリバンに対して306%
・バイオマンはダイナマンに対して110%の売上。ただし若干、過剰出荷で稼いだ売上らしい
 実買では107%程度とされた
・バイオマンの売上は戦隊シリーズ過去最高
・レザリオンはアルベガスに対して38%
・タカラの売れ線はパワードコンボイとラジカセロボで両者の数量比は2.2対1らしい
・レンズマンはやっぱり不振に終わったらしい
・1984年のキン肉マンは100億円を売り上げた(85年3月号)
・トランスフォーマーの当初の番組名は「変身戦隊トランスフォーマー」だった
・ガンダムブームのピークは1982年で主な購買層は10歳の男子
 このためZガンダムのターゲットは13~14歳の男子だった
・トランスフォーマーは「ロボット水滸伝」と評されていた
・85年夏休み商戦でプラモは大苦戦、ファミコンに子供のおこづかいを取られた
 このためZガンダムも今一つだった
・GOBOT(マシンロボの米国名)の1984年の売上は6000万ドル(約140億円)
・トランスフォーマーの日本発売一カ月の売上では
 1位コンボイ、2位リフレクター、3位インフェルノ、4位サウンドウェーブ、5位メガトロン
・チェンジマンとジャスピオンは販売店の要望で放映が一カ月伸びた
・ガンダムZZは「機動戦士ガンダム・ダブルZ」と書かれていた
・1985年末年始商戦男児キャラクター単品 ベスト8(順不同)
 電撃合体チェンジロボ(4950円)、トランスフォーマー・コンボイ(3900円)、DX超合金ダイレオン(4500円)
 DXパワーバズーカ(4980円)、ゾイドアイアンコング(3800円)、超獣合身ダンクーガ(5800円)、
 オバQ・パチリンカメラ(3800円)、ゲゲゲハウス(2980円)
・同商戦での商戦での男児キャラクターのシェアは
 65%がバンダイ、30%がトランスフォーマー、5%がゾイドと分析されていた
・同商戦でキン肉マンは「最も期待を裏切った」がファミコンカセットでは人気が高かった
・ジャスピオンはシャイダーに対して80%程度の売上
・チェンジロボはバイオロボを上回り、シリーズとしてもチェンジマンはバイオマンを上回った
 ただしマシンロボはチェンジマン以上で1986年のバンダイの最重点商品とされた
・小学生がファミコンによってプラモデル離れを起こした
 このためアニメモデルを販売する会社はバンダイ1社になった
 ただしガンダムの人気は依然高く昨年(85年)は前年(84年)の二倍売ったらしい
 しかし購買年齢層もかつてより高齢化
・86年の2月~4月にかけては戦隊シリーズが品薄なためトランスフォーマーのシェアがアップ
・トランスフォーマーは低額商品が充実していて平日も売れた
・ガンダムは1986年4月の段階で1億個で500億円の売上
 キン肉マンの1985年の売上は66億円
・バンダイの売上480億円のうち6割がキャラクター玩具で10億円以上売れるのは12-13キャラ
 「少数精鋭では困る」(山科誠)とのこと
・1980年代の米国は「愛国ムード」に包まれていて戦争玩具の売上は
 1985年で10億ドルの2億1100万個。1982年に比べると600%
・GIジョーは1985年の全米玩具売上で第5位、男玩に限れば第3位
 トランスフォーマーに次ぐアメリカキャラ第二弾として期待されていた。初年度目標15億円
・フラッシュマンの対象年齢は3~5才、マシンロボは7~10才、ガンダムは9才以上
・マシンロボの東京地区での視聴率は第1回が6.2%、第2回が5.0%、「まぁ良し」とのこと
・86年夏休み商戦を制したのはトランスフォーマー
 メトロフレックス、ウルトラマグナス、ブルーティカス、スペリオンの順の売上と推測されていた
・マシンロボ、鬼太郎、ドラゴンボールは今ひとつでバンダイの男児キャラは昨対90%程度
・GIジョーも今ひとつだったがトランスフォーマーも出足が鈍かったのでまだ期待されていた
・鬼太郎は男玩なのにも関わらずハウスが売れていた
・11月の段階だと1位メトロフレックス、2位ウルトラマグナス、3位ダイナザウラー、4位ガルバトロン
・1986年末年始商戦
 1位ファミコンソフト、2位トランスフォーマー、3位フラッシュマン
 4位ゾイド、5位シルバニアファミリー
・同商戦のトランスフォーマーは昨対30%~35%アップとされた
・11月に秋に入ってから不調だったフラッシュマンがフラッシュタイタンで急浮上
 ただしバンダイ全般では年末商戦で「フラッシュタイタン以外、今ひとつ」と言われた
・1986年の3月~11月のゾイドの売上ベスト5
数量1位サーベルタイガー、2位ヘルキャット、3位プテラス、4位ハンマーロック、5位ゴジュラス
金額1位ウルトラザウルス、2位ゴジュラス、3位サーベルタイガー、4位アイアンコング、5位サラマンダー
・1986年のトランスフォーマーの生産の40%は海外
・トランスフォーマーの「デストロンの逆襲」キャンペーンで
 デストロンとサイバトロンの売上比率が3対7から5対5になった
・アメリカで売れていたトランスフォーマーとマシンロボが
 国内に専念するようになったのは円高が原因
・ジリオンはセガがスポンサーになる初めてのアニメ
 アメリカで流行っていた光線銃を日本で売ろうという狙いがあった
 アメリカで光線銃が流行っていた理由は前述の「愛国ムード」によって
 流行ったサバイバルゲームを安全に楽しめるから
・ジリオンのターゲットは小学生男子
・星矢の購買層は対象年齢が通常のキャラクターよりも高く「キン肉マンと同じ」とされた
・マスクマンと星矢でバンダイが復調。特に星矢は品薄に。両者の売上の比率は6対4
・星矢の人気はペガサス、ドラゴン、キグナス、フェニックス、アンドロメダの順
・1987年4月~1988年6月のトランスフォーマーは前年割れ
 やっぱりトランスフォーマーが不調になったのはヘッドマスターズになってから
・ヘッドマスターズ直前はプレダキング(11000円)が活躍して昨年対比をクリア
 年末でもないのに、この金額の商品の動きは「信じられない」と言われていた
・サーベルタイガーは40万個出荷。シールドライガーはその後継として開発された
 これを売り出すため6~8月のゾイドのTV宣伝は昨対1.5倍
・赤影のスポンサーはトミー
・ヘッドマスターズは年末を除くとクロームドーム中心だった
・メタルダーは最初は好調だった
・87年の夏休み商戦ではマスクマン、マシンロボともに昨年より落として
 星矢が男児キャラのトップに立った
 リードアイテムはゴールドクロスのサジタリウスでゴールドクロスの40%とされた
・同商戦でゾイドは出荷が昨対170%、売場で昨対200%とされ品切れが顕著だった
・ゾイドの1987年上半期の売上は昨年対で275%
・ゾイドバトルストーリー2が10万部販売を達成
・「ヘッドマスターの謎プレゼントキャンペーン」で2万2千通の応募
・フォートレスマキシマス(12800円)は初回納入分が即品切れ
 年末のマキシマスの生産数量は昨年のダイナザウラーの7~8割程度を予定
・品薄が続いていた星矢の生産体制が87年年末でようやく整う
・仮面ライダーBLACKは40社で商品化。500種ほどの商品が発売。
 年間5億円以上の版権収入を見込む。市場規模は小売ベースで200億円を見込む(87年12月号)
・1987年末年始商戦のトランスフォーマー
 1位フォートレスマキシマス、2位ライデン、3位メガザラック
・1980年代でバンダイ模型部門がもっとも冷え込んだのは1987年(原因はおそらくドラグナー)
・マテル社が開発した「インターアクティブトーイ」とはテレビ番組と連動する玩具
 これを仮面ライダーBLACKがいち早く取り入れた
・ボーグマンはこれまでの光センサーのインターアクティブトーイに対して音センサーだった
・ゴールドセイントは発売されてから星矢の売上の6割を占めるようになった
・ビックリマンチョコは月産1300万個、年間売上45億円
・玩具のビックリマンのメイン商材は塩ビ人形と星矢のようなクロスシリーズ
・87年年末商戦で男児キャラトップは星矢
 「PCエンジンに次ぐ金額を稼いだ」とされた
・ファミコンが発売されてから3年間、男児キャラはファミコンにかなり食われていたが
 87年末商戦で「かなり戻した」とされた
・逆襲のシャアの頃のガンダムのターゲットは小学生~高校生
・88年6月号ホビー特集・スペシャルインタビュー
 東京マルイ岩澤巌社長の発言を抜粋
 「バンダイさんが1億数千万個売られたというガンダムのプラモデル、
 あれを境いに従来のスケールモデルが下降線を辿った」
 「スケールモデルは終ったと判断したわけです」
 「ガンダムはなぜ売れたかをめぐって、社内でも連日連夜討議しました」
 「私どもの結論では、ガンダムは先ず田宮(模型)さんの戦車のファンを取った」
 「第1次世界大戦であろうと、第2次世界大戦であろうと、
 当時の兵器ものはすべてガンダムに市場を取られちゃったんですよ」
・悪役も売れるはずだったトランスフォーマーはマスターフォースのスーパージンライを皮切りに
 主役メカとその強化パーツしか売れなくなった
・1988年末年始商戦男児キャラクター 売れ筋
 ライブボクサー、ライブロボ、ゴッドジンライ、可変龍王丸、マッドサンダー
・同商戦でワタルとサイバーコップは好調だったが
 単価が昨年のトランスーフォーマーより低く、タカラとしては昨年割れ
・同商戦ではゾイドはミニ四駆と競合。「マッドサンダー以外は鈍かった」とされた
・長いこと売れていた星矢は同商戦で大きく落ち込んだ
・フランスで星矢が150万個販売
・1989年のトランスフォーマーはほぼ前年割れ。
 ただし単品で見るとスターセイバーはジンライより好調。売れ筋に集中傾向

女玩
・当初、Drスランプはドラえもんの後継と見なされていたが蓋を開けると女児に売れた
・Drスランプはアニメ化前から「売れる」と言われていた
・Drスランプは男児にも売れるので分類の判断が難しかった
・Drスランプはバンダイの女玩としてはキャンディ・キャンディ以来のヒットだった
 逆に言うとDrスランプまでキャンディが売られていた
・ニルス、スパンク、ジョリィ、メモルは女児にぬいぐるみを売るアニメだった
・1980年代初頭に少女漫画の売上が大きく落ち込んだが理由は
 週刊少年誌と週刊芸能誌に読者を取られたせいらしい
・女子中高生に人気があったタイムボカンの悪玉トリオのフィギュア
 (当時の言い方だとファンシードール)が売られていた
・ミンキーモモやぴえろ魔法少女は玩具がほとんど売れなかった。レディレディの方が好調
・うる星やつら、愛してナイト、かぼちゃワインの女児玩具が売られていた
・愛してナイトの橋蔵くんは「ガッちゃんと同様の需要が見込める」とされていた
・男玩と違って女玩はファミコンと喰いあわず、むしろ売上が伸びた
・1980年代の前半はタカラのリカちゃんやバービーが女玩市場をリードしていたが
 1985年年末商戦でシルバニアファミリーがトップをとった
 また売れないと言われていたハウスものを復活させた
・シルバニアはそれまでLSIゲームに傾倒していたエポック社の方針を転換させた
・シルバニアに対抗してジェニー、バービー両者からハウスが発売
・リカちゃんの1985年の売上は155万体の58億円
・1986年にバービーの日本販売はタカラからバンダイに移るが
 バンダイバービーはタカラの「ジェニーのパクリ」と訴えられた
・あんみつ姫、レディレディ、アッコちゃんなど1980年代後半から
 お母さん受けのいい女児キャラが売れるようになった

ゲーム
・1980年の玩具で一番売上が大きいのはLSIゲーム
・玩具業界は「エレクトロニクスの最先端をいっている」と自負していた
・1980~1982年の間はLSIゲームブーム。全玩具の中でゲーム&ウォッチが一番売れていた
・ゲーム&ウォッチの利点は1万円を越すことが多かったLSIゲームの中で
 廉価(6000円台)だったこと
・1977年にテレビゲームがブームになったことがあった。またその段階で任天堂がトップだった
・テレビゲームブームが終焉した理由はインベーダーブームが原因とされていた
・このため任天堂は1978~1979年はアーケードゲームに注力し、
 テレビゲームは一つも発売しなかった
・ゲーム&ウォッチは任天堂の久しぶりの家庭用ゲーム機だった
・ゲーム&ウォッチで任天堂はLSIゲームでシェア60%を獲得、次がバンダイ、エポック
・LSIゲームが普及する前はゲームと言えば盤ゲームだった
・1982年のアタリ社の売上は4000億円
・1982年の年末年始商戦もゲーム&ウォッチだったが前年比の約50%の売上という
 「期待外れ」のため各小売店は過剰在庫に悩んだ
 これを「LSIショック」とか「LSI後遺症」とか言われていた
・1982年の年末年始商戦で「ポストLSI」として期待されていたビデオゲームだが
 価格が5、6万円と高額だったため売れなかった
・当時で既にパソコンとゲーム機との区別が難しいように言われていた
・1983年に入ると1万円台のビデオゲーム機が望まれていた。
 このことに素早く対応したのが任天堂とセガだった
・ファミコンは当初、流通側のLSI後遺症のため出足が鈍かった
・1983年の夏休み商戦を制したのはファミコンだったが「予想通り」とされていた。
 セガが二番手になったのはこの時から
・1983~1986年までは数量、金額ともに全玩具でファミコンがトップ。
 ただし1985年からはソフト全体の売上が本体を上回るようになった
・ファミコンは「ゴルフ」の発売で大人に人気が出た
・1983年ではファミコンが品切れした後、他社のビデオゲームも売れたが
 1984年では売れなくなっていた
・LSIショックのため1984年にバンダイはビデオゲーム開発を止めていた
・1985年はファミコンブーム、全玩具の3割の売上がファミコンのハードとソフトによるものだった
・キン肉マンはバンダイのファミコン参入第1弾
・ファミコンロボットはとても失敗したらしい
・1985年でセガは既にソフトの書き換えサービスを始めていた
・1985年にナムコがアタリを買収した
・ファミコンに押されてLSIゲームは不振になったのだが
 ガンダムやキン肉マンといったキャラクター関係は売れていたため
 1986年にはバンダイだけなんとか留まっていた
・ディスクシステムはFCN(ファミコン通信網)への布石とされていた
・1985年の年末年始商戦ではファミコン本体よりもソフトの方が売れた
 またソフトでは売れ線に集中する傾向が出てきた
・ファミコン以前では任天堂と激しくハード争いをしていたバンダイが
 「なぜ任天堂からライセンスをしてファミコンをやるのか?」と言われていた
・ファミリーコンピュータマガジンは月間70万部(1986年)
・スクウェアはキングスナイトを大々的に宣伝していた
・イマジニアの「銀河伝承」が予約で20万本を突破。メインターゲットは小学校高学年~中学生
・タカラのファミコン参入第1弾は「コンボイの謎」
・ファミコンの出荷は1986年8月末で843万台、世帯普及率で22%
・1986年の年末年始商戦でファミコンは昨年対で50%と大きく落ち込んだ。
 今度はファミコンショックとは言われなかった
・山一証券がファミコンを使った株式売買のサービスを提供
・87年4月のファミコンソフトは「さんまの名探偵が独走」だったらしい
・ディスクシステムの「ウルトラマン」は35万本、「聖闘士星矢・黄金伝説」は100万本近く
・ファミコン不振が囁かれた1987年にスーパーファミコン開発が発表された
・1969年から6年間は世界の業務用ゲーム機はほとんどセガ製だった
・1980年代の業務用ビデオゲーム機の価格は約30万円
・セガの売上の35%が家庭用で業務用が65%
・ファミコンのヒットで異業種参入が増えた
・ドラクエⅢの発売延期は流通に多大な迷惑をかけた
・ドラクエⅢは予約だけで250万本
・1986年年末から不調なファミコンを活性化するかに見えたドラクエⅢだが
 1988年もファミコン関連は前年割れした 。「売れ線しか売れない」かららしい
・スーパーマリオ3は「スーパーファミコンまでのつなぎ」と言われていた
・パソコンソフトの信長の野望は18万本の売上
・交響組曲ドラゴンクエストⅢのレコードは35万枚
・スーパーファミコンは「2万円を切る」予定だったらしいが半導体の高騰により頓挫
・1988年に任天堂が少数精鋭主義を唱えだした
・スーパーマリオ3は415万本の受注に対して150万本の出荷
・任天堂がファミコンを北米輸出に優先したため日本で半導体不足が起きた
 スーパーファミコンの登場が遅れたのもこのせい
・1988年に任天堂は米国玩具のトップに立つとされた
・米国の任天堂のライセンシーの最大手はコナミで87年に1億ドルを売り上げた
・ファミコンを売るさいに任天堂は米国市場を徹底調査。
 調べたことは「アタリは何故失敗したか」
・ファミコン本体とソフトのセット売りは「アタリの失敗を調べた結果と思われる」と言われた
・ファミコンロボットは北米ではそれなりに売れたらしい
・米国でのファミコンの購買層は14~20歳で日本より年齢が高め
・1988年に最後のLSIゲームメーカーだったバンダイはLSIゲームの売上を前年比300%にした
 それに素早く対抗したのがゲームボーイだった
・1988年の年末年始商戦のゲーム関連は昨年割れ、
 原因はPCエンジンの穴をメガドライブがカバーできなかったせい
・ファミコンジャンプは予約状況では10~12才が中心で全体の48%
・メガドライブは14~15才がメイン
・ドラクエⅣは500万本を見込まれていた
・スーパーファミコンが登場しても、その成功を疑う向きが強く、
 各社ファミコンソフト制作チームを残していた
・CD-ROMは製造コストではROMより安いが、その大容量を満たすようなソフトを作ると
 開発コストが約3倍になるとされ敬遠されていた

その他
・1980年代初頭で玩具業界は少子化による売上不振に苦しんでいた
 「マスコミ離れ」と言われテレビキャラクター玩具の売上が全般的に落ちていた
・1980年代の日本で半導体産業が発展したのはオイルショックの原材料高の中で
 半導体だけ値上がりしなかったから
・1980年のバンダイグループの売上は約500億円
・ルービックキューブは大人に売れる玩具として
 「アダルト市場」の先例になったが定着しなかった
・バンダイの会長は1981年1月の段階で「勝負はついた」
 「これからは格差が開く」 「これからは高級化と低価格の二極化が進む」
 「業界の整理統合は1985年に一応カタがつく」と言っていた
・小学館の編集者によると「うる星やつら」のような男女同居ものがヒットした理由は
 少子化が原因としていた。つまり姉ないし妹がいない男の子が多いので
 家の中で女の子と付き合う機会が減ったからということらしい
・1982年の日本の子供は94%が「幸せである」と答えていた
 その一方で「子供のままでいたい」「これからの世の中はどうなるか解らない」
 「生きがいがない」とも答えていた
・1982年の田宮の売上は115億円
・劇場版マクロスは製作費4億円、動画枚数8万枚
・1980年代の玩具業界はディスカウンター問題に苦しんでいた。
 「1年を通して玩具の商いに力を注いで、
 年末・年始においしいところだけを持っていかれるのはたまらない」
・1984年の男児の流行りは「藤子コミック」と「ラブコメディ」で
 学年が上がるにつれてラブコメディが強くなり「女子の嗜好に近づいていく」と評された
・1984年11月号東映動画社長、今田智憲インタビューより
 「1作品当りの平均キャラクター収入というのは──
 当然その中には玩具も含まれているわけですが、 明らかにダウンしている」
 「昨今は一点集中なんですね、人気というものが。
 これは子供がマスコミずれしたということですね。
 でも、子供はもう絶対にマスコミから離れられないことも確かなんです」
 「だから1番の作品にならなければ駄目なんです」
 「1番になれば、これは大儲けです。3本の作品があるとして、
 これが3番、4番、5番であっても、 以前はそれでよかったんですが、今では大赤字です」
・トイザらスはトイズ・アール・アスと読まれていた
・トイズ・アール・アスの1983年の売上は3429億円。すでに米国玩具流通で一位
・1985年のプラザ合意以降の急激な円高で
 「輸出で食えなくなれば改めて国内の需要掘り起こしに努める」(タカラ社長)と言われていた
・プラザ合意以前のバンダイには「世界征服の野望」があったらしい
・業界は当初、米国向けの玩具だけを海外生産にしようとしていた
・山内溥任天堂社長は「うちは娯楽屋で教育ソフトなんかには深入りしない」と発言
・1986年5月、バンダイの山科誠社長は「もう合理化はやめた」と発言。
 バンダイ製品の海外生産比率を10%から50%に引き上げることを決定
・バンダイ製作の初の映画は「王立宇宙軍・リイクニの翼」第二弾は「小象物語」
・バンダイの二代目社長によると生産技術がアップしたため、
 かつては200万個を作るのに10社必要だったのが3社で済むようになったらしい
 またバンダイ全体の売上は伸びているが商品一点あたりの売上は落ちているとも
・バンダイ二代目社長、山科誠は「機動紳士」と紹介されていた。彼の年収は4500万円
・安売りをした小売業者に出荷停止などの制裁措置をして「小売りいじめ」をしたので
 バンダイと任天堂が公正取引委員会に立ち入り調査されていた
・セガの売上は1985年で309億円、タカラは488億円、バンダイは818億円
・1986年8月期の任天堂の売上は1177億円
・パソコンソフトの1985年の市場規模は630億円(日経パソコン調べ)
 1位はアスキーの75億円、2位はハドソンの30億円、3位はデービーソフトの27.5億円
・手のひらピピは15万個販売。100万個受注
エニックスの売上は1987年で67億円
・山科誠社長「将来、国内生産をゼロにしたい」と発言
・海外移転を最も進めたトミー工業は社員の4割をリストラ
・急激な円高で日本の製造業は海外に移転し、
 国内には金と人だけが残り「金貸し業」の国になると言われていた
・バンダイ会長山科直治の1987年新年インタビューより
 「私は昭和25年から玩具業界に入り、今年で37年になりますが
 今は将に変動の時といえるでしょう。かつてこんなに激しい動きはなかった」
 「ヨーロッパの玩具業界は、日本より先進していたが、今や高齢化し、若々しい感性がない。
 日本もこのままいくとドイツの二の舞になる。絶対に避けなければならない」
 「『もう競争の時代は終わった。ガツガツするな』という考え方は、敗者の弁」
 「(東南アジアは)日本もそうだったように日本やアメリカの商品を模倣している段階だ。」
 「それらのモノマネ商品に目くじらを立ててはいけない」
・1987年のお年玉は平均23070円(小学4、5、6年)
・1985年には約200億円あったバンダイの輸出の売上が1986年には100億円に半減した。
 原因は円高
・タカラがのらくろを商品化した理由は「不況時には黒が流行る。ダッコちゃんの時もそうでした」から
 すでにサンリオのフィリックスが流行していた
・のらくろロックが100万個販売
・富山幹太郎氏はプロボウラーになりたかったらしい
・ゴマちゃんのターゲットは女子高生~OL
・バンダイは1980年代にアパレル市場、玩具菓子、文房具、映画、音楽などに参入。
 経営の多角化を進めた。タカラ、トミーも同様
・バンダイの若手社員はおもちゃを作りたい人よりもアニメを作りたい人が多くて困っていたらしい
・1989年4月号。山科誠社長「お互いが喧嘩し合う戦国時代から、
 グループ化していく時代になった」と発言
・バンダイのビデオの購入者の55.7%が主婦
・ガンダム0080は5巻までで30万本
・となりのトトロのビデオの売上はレンタル8、レコード1.8、書店0.2
・トトロは2アイテムで17万個販売、ジジは玩具店で2万8千個、映画館で1万7千個販売
・「アンパンマンがヒットしていますが、これを短命に終わらせたくない、何とかロングキャラにしたい。
 ロングキャラになる条件としては、例えば時代背景があいまいで主人公達が年をとらないとか、
 時代を超越することが必要。サザエさん、ドラえもんはその典型でしょう」
 (ティー・ティー・ブレーン・石原登喜夫社長。89年10月号より)
・ミュージカル聖闘士星矢は「損をした」らしい
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